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「NFTアートが僕を救ってくれた。」いけもとしょうに見る生産性の意味

2021 年から注目を集めはじめた NFT。


画像や音楽に唯一無二のデジタル証明書をつけることのできる技術 「ノン・ファンジブル・トークン(非代替性トークン)」のことで、これを活用したデジタル・アート作品を「NFTアート」と呼ぶ。


仮想通貨を使って売買することから、当初は投機目的のプラットフォームと思われがちだったが、デジタルデータの所有感を根幹から変革し、今では既存のアート業界・ビジネス業界にも影響を与える存在となった。


“注目を集める契機となったのは、今年3月にアーティストのビープルによる作品《Everydays :The First 5000 Days》が老舗オークションハウス「クリスディーズ」のオンラインセールにて、約 75 億円で高額落札されたというニュースだ。続けてダミアン・ハーストら現代美術家たちが NFT 作品を発表し、世界的なメガギャラリーも参入。”

美術手帖 2021 年 12 月号


今回取材した NFT クリエイターのいけもとさんは、2020 年まで絵を描いたこともない、ただのいち会社員だったという。そんな彼が NFT 作品をつくり、今やメディア・企業からも注目を浴びるようになった背景には、どんな経緯・想いがあったのだろうか?


わたしたち誰もが持っているアート性をテクノロジーの力で解放し、新たなエコシステム(生態系)を生んでいく可能性を探ってみたい。


いけもと しょう

NFT Creator / Metaverse Producer

中京大学情報理工学部卒。テレビ番組の AD として就職するも「自分が表現したいものを形にするクリエイターになりたい」との想いから独立。2021 年 7 月から自身の娘に贈る絵本『おばけのパッチ』シリーズを NFT として出品。またメタバース "The Sandbox" の地主となりボクセルアート『NFT美術館』を自ら建設するメタバースプロデューサーでもある。2022 年 1 月、日本テレビ「マツコ会議」に出演。



─ ─ グッチ、adidas、エイベックス等も土地を購入し話題となったブロックチェーンゲーム The Sandbox 。そこへいち早く個人として参入し NFT 美術館も手掛けてらっしゃいますが、昔から作品や空間づくりに興味があったのでしょうか?


いけもと いえ、小さい頃の夢は数学の先生になることでした。バスケもやっていたのでそれを教えることもできるし、同時に生徒からエネルギーをもらえる教師っていう仕事はいいなって思っていたんです。


でも大学 3 年生の終わりかけの頃ですかね、当時バラエティ番組「水曜どうでしょう」が好きで。最終回がベトナム 1,800 km を原付で縦断するっていう内容だったんですけど、泣いたんですよ僕(笑)。なんだか妙に共感してしまって。


思い返せば、高校時代の学祭でも、僕のいたチームが 3 位入賞したとき団長が泣きそうな顔をしてて、その時もつられて泣いちゃったりしてました。


僕、他の人が泣いているシーンに出会うとすぐもらい泣きしちゃうんですよね。まぁ、そういう自分の性格もあって、見てくれた人に共感してもらい人生を変えるような番組をつくりたいと思って、テレビ業界に入りました。


いけもとさんが手掛ける The Sandbox 上のボクセルアート『NFT美術館』 


でも現実は甘くなくて、怒られまくりの毎日。そもそも僕はただの番組制作会社の一員だったので、自分の番組を作るなんて夢のまた夢。今いる場所で実際に出来ることの限界を知りましたね。



─ ─ 制作した動画作品が「神戸インディペンデント映画祭」にて上映されたと聞きました。どんな経緯でつくった作品なのでしょうか?


いけもと 2020 年夏あたり、ちょうどコロナが始まったくらいの時期に、妊娠 6 〜7 ヶ月の妻を撮影した短編映画をつくりました。撮影するといっても顔は映さず、ただただ妻の日常を僕目線で撮り続けた作品です。


映画のタイトルは『ひまわり』にしました。ひまわりってめちゃくちゃ綺麗ですよね。でもひまわり自身は「ほんとは人に見られたいのか?」「黄色がよかったのか?」 その”表情”から全てを読み解くことはできない。わたしたち人間も、表情に頼って相手のことを読み取ろうとしますが、それでも 100% 相手が何を考えているかはわからない。そんなすれ違いが原因で妻と喧嘩だってします。だからあえて撮影の時は妻の表情は映さず、『ただの日常』を撮って作品にしてみたんです。


この映画をつくったのは、僕に「自分自身はなんなんだ?」っていう葛藤があったことも理由の一つでした。会社から仕事をもらっているだけで”自分のもの”を生産してはいない。これでは将来的にまずいという思いがありました。


大衆のためではなく、自分と妻のためにつくった作品でしたが、最終的に人生で初めて舞台挨拶も経験し、行動を起こせば何か起きる、そんな風に強く感じることができました。




─ ─ 「ひまわり」は、映像や会話から感じる生々しさによって、まるで妊娠中の妻を支える擬似体験をしているようでした。「誰のためなのか」がいつも明確であることは、いけもとさんのアイデンティティのように思いますが、現在手掛けている作品にも共通したところがあるのでしょうか?


いけもと 2020 年の 9 月に娘が生まれました。生活も大きく変わりましたが、同時にクリエイターとして娘に何か残したいと思い、2021 年の 5 月から絵本を描きはじめました。


偶然ですが、作品をつくりはじめてから自分の身の回りに「ムーミン」が多いことに気づきました。娘が生まれたお祝いのプレゼントで、ムーミンの起き上がりこぼしやベッドメリーなど、ムーミングッズが家の中にたくさんありました。それを見ながら「子供にムーミンをあげるのは文化なんだ」と思いました。


そこで生まれたのが「おばけのパッチ」というキャラクターやそのシリーズです。この世界では、おばけたちは”人間を驚かせる”ことを教えられます。でも主人公である「パッチ」だけは違って、「人間と仲良くなりたい」と思ってコミュニケーションをとろうとするストーリーです。


ムーミンはキャラクターにアート性があり、非言語のツールとしてワークするからこそ世界中で共感される。おばけのパッチもいろんな人に愛されるキャラクターになったらいいなって思います。





─ ─ 2021 年 7 月頃からメタバースや NFT 作品づくりに本格的に着手しはじめたと聞きました。実際に OpenSea(NFT マーケットプレイス)に出品してみて、どんな変化がありましたか?


いけもと 当時は OpenSea について日本語の情報はほとんどなく、日本人の参入者はほぼいないような時期でした。それでもおもしろそうだなと思ってはじめました。


すると、ある日突然、ひとつの作品を外国の方が 0.8ETH($2,287)で買ってくれたんです。


購入してくれた方の SNS を見てみると、中国の投資家さんのようでした。けっこうな値段なのでびっくりして、その方に感謝の気持ちとともに「どうして購入してくれたんですか?」って聞いてみたんです。


そしたら一言、「It’s lovely !」って。


ぼくは絵の学校に通ったこともなくて、初めて「パース(遠近図法)っていうものがあるんだ!」って知ったぐらいのレベルだったんです。それでも作品に込める想いがその方に伝わったのかなって。1 ヶ月かけて描いた作品でしたが本当によかったなって思いました。




─ ─ NFT アートは、寄付プロジェクトとして現実社会とつなげ価値の循環をつくったり、アメリカ発のチャットサービス「Discord」を使用してのコミュニティづくりがよく行われるようですが、コレクターとの関係構築はどのようにされてますか?


いけもと NFT を会員権のような形で販売をしていて、その NFT を持っている人だけが入れるコミュニティをもっています。でも僕のコミュニティはそこまで NFT の話題一色というわけでもないし、新作が出てもそこまで反応があるわけじゃない。シンプルに活動を応援してくれている方が多いと思います。


実は僕自身、今はコミュニティ運営やSNSの発信にそこまで注力せず、作品とその世界観をつくることに集中するようにしています。SNS で宣伝して、売って、またつくってをただ繰り返していると、作品の切り売りみたいになるような気がしていて。


たとえば『はらぺこ青虫』の絵本の 1 枚目の NFT が出たら確実に高額になりますよね?それははらぺこ青虫が世界中で人気があるから。おばけのパッチの絵本もそんな風になったらいいなと思います。


最新の NFT 情報をすべてチェックしようとするとそれだけで半日すぎちゃったりしますし(笑)、なるべく SNS も触らないようにしたりしていますね。




─ ─ 作品をつくる明確な理由と家族の存在が、忍耐が求められる「世界観をつくる」という軸を強くしているように感じました。今後はどのような展開を考えていますか?


いけもと これからは、メタバース上に「おばけのパッチ」のテーマパークをつくりたいですね。例えばバーチャル空間内では自分がおばけになることも出来るし、おばけと一緒に遊ぶことも出来たら面白いなって思います。


リアルイベントとの融合もやってみたいですね。もちろん僕自身はメタバースや NFT がこれからどんどん盛り上がっていくと思って楽しんでいるひとりですが、どれだけバーチャルが進んでもやっぱりリアル空間の大切さも無くなりはしないと思っています。


バーチャルだけ、リアルだけ、というよりも両者を繋げたほうが面白くなることもたくさんあると思うし、今まで NFT に興味がなかった人への間口を広げることにもなりますよね。そういう意味でもおばけのパッチの世界をリアルにも繋げていけたらと思っています。


あと、世界観をつくるうえでは、おばけのパッチのテーマ曲があるといいなとも思いますね。音楽があれば映像と合わせて PV もつくれますし。


最近は毎日そんなアイデアが溢れてくるようになって、まさに僕自身、NFT に救われた一人だなって思います。自分にとって大切な何かのために作品をつくりはじめたら、共感する方が現れて、その輪が広がっていく…。NFT をはじめとする web3.0 の世界が自分の可能性を解放してくれたなって思いますし、僕が今感じているワクワクを共有できるような場所をつくっていきたいですね。


今回の取材場所は、2022 年 4 月名古屋市名東区上社にオープンした音楽家のためのワンルームマンション『Grande Souche Kamiyashiro(グランドスーシュ上社)』。想像力を掻き立てる白を基調とした空間は、音楽およびアートイベントにも利用可能。2022 年 8 月にはリアルとバーチャルをつなぐ NFTアート&メタバースフェス「Non Fungible Chronicle」の開催も予定している。公式サイトはこちら




─  編集後記 ─


“理にかなった信念の根底にあるのは生産性である。信念にしたがって生きるということは、生産的に生きることなのだ。”


ドイツの社会心理学・哲学の研究者エーリヒ・フロムの著書「愛するということ」に書かれている一節をふと思い出した。


取材後、彼と LINE のやり取りをしていて気づいたのは、レスポンスが丁寧で迅速であるということ。「今は自分の作品をつくりたいし、広めたい。」 そんな生産性(しんねん)を強烈にもっていることを、暗示していたように思う。


NFT は、その取り扱いについて未だ法整備が追いついておらず、混乱も見受けられる。しかし、今を生きるわたしたち個人でも、世界をつくり、世界とつながり、希望を見出せることも確かである。


今まさに混乱が起きているということは、NFT やそのムーブメントが単なるバーチャル空間の出来事ではなく、本当に世界を変えうるものであることの何よりの証拠なのかもしれない。


文・写真/里本裕規(ファンドレイザー 。1989年長崎県五島市生まれ。)










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